実存とは?自分の存在を見つめる考え方
実存とは?
哲学の言葉に「実存(じつぞん)」という概念があります。この言葉を聞くと、少し難解で自分とは関係ないように感じるかもしれません。しかし、「実存」という考え方は、私たちが「自分とは何か」「どう生きるべきか」といった、非常に個人的で根源的な問いを考える上で、大切なヒントを与えてくれます。
この概念は特に19世紀から20世紀にかけて盛んに議論され、「実存主義」という哲学の潮流を生み出しました。
実存の基本的な考え方
実存の哲学が主張する核となる考え方の一つに、「実存は本質に先立つ(じつぞん は ほんしつ に さきだつ)」という言葉があります。
これは一体どういうことでしょうか。
例えば、「はさみ」という道具を考えてみましょう。はさみには、最初から「物を切る」という明確な目的や機能(これが「本質」にあたります)があり、その本質を実現するために設計・製造されます。つまり、はさみの「本質」は、その「存在(実存)」に先立って(より前に、あるいはより根本的に)決まっていると言えます。
しかし、人間はどうでしょうか。人間には、あらかじめ神や自然によって定められた「こうあるべきだ」「これが目的だ」といった本質が、最初から決まっているわけではない、と実存哲学は考えます。
私たちはまずこの世に「実存(存在)」として投げ出されます。そして、その後の自らの行動や選択、経験を通して、「自分は何であるか」という「本質」を形作っていく、と考えるのです。
たとえるなら、人間は、最初は何の色も形もない粘土のようなものかもしれません。その粘土に、自らの意志で色を塗り、形を作り上げていく。完成形が最初から決まっているのではなく、作る過程そのものが自分自身を形作っていく。これが「実存は本質に先立つ」ということです。
実存を論じた哲学者たち
「実存」というテーマは、古くから哲学の中で論じられてきましたが、特にこの考え方を深めた哲学者としては、デンマークのセーレン・キルケゴールやドイツのフリードリヒ・ニーチェといった19世紀の思想家が先駆者として挙げられます。
そして20世紀には、フランスのジャン=ポール・サルトルやアルベール・カミュなどが、この考え方をさらに発展させ、「実存主義」として大きな影響を与えました。彼らは、人間が自由であることの重み、それゆえに直面する不安や孤独について深く考察しました。
実存から生まれる問いと論点
「実存は本質に先立つ」という考え方は、私たちにいくつかの重要な問いを投げかけます。
- 自由と責任: あらかじめ決まった本質がないということは、私たちは何者になるか、どのように生きるかを自由に選べるということです。しかし、この自由は同時に、自らの選択に責任を持たなければならないという重い負担も伴います。
- 不安と孤独: 人間には確固たる本質や拠り所がないと考えると、私たちは根源的な不安や孤独に直面します。社会の価値観や他者の期待に頼るのではなく、自分自身で意味を見出していく必要が出てきます。
- 自己決定と投企(プロジェ): 哲学者のサルトルは、人間は常に未来に向かって自分自身を「投げかける(投企する)」存在だと言いました。これは、過去や現在の状況に縛られるだけでなく、未来の可能性に向かって自らを形成していくという意味です。
実存哲学は、このような人間の自由、責任、不安といった側面を深く見つめ、人間のあり方そのものを問い直しました。
現代社会との関連性
実存という考え方は、一見すると難解な学問の話に思えるかもしれません。しかし、現代社会を生きる私たちにとっても無関係ではありません。
例えば、多様な生き方が可能になった現代では、かつてのように「男性はこう生きるべき」「女性はこう生きるべき」「この年代になったらこうするべき」といった、ある程度決まった「本質」やレールのようなものが薄れています。
私たちは、どのような仕事を選び、どのような価値観を持ち、どのような人間関係を築くかなど、多くのことを自分自身で選択しなければなりません。SNSなどで様々な生き方や価値観に触れる機会も増え、比較や迷いも生まれます。
このような状況は、まさに実存哲学が指摘した「あらかじめ決まった本質がない中で、自らを選択し、自己を形成していく」という人間の姿と重なります。自由であると同時に、何を選択すれば良いのか分からないという不安や、選択の結果に対する責任も感じやすくなっています。
実存という考え方を知ることは、こうした現代的な悩みや問いを、哲学的な視点から捉え直すきっかけになるかもしれません。自分は何者であるかを他者や社会に決められるのではなく、自らの主体的な選択を通じて形作っていく存在なのだという認識は、自己理解や人生の歩み方を考える上で、示唆に富む視点を提供してくれるでしょう。
まとめ
「実存」とは、人間にはあらかじめ決まった「本質」がなく、自らの「存在」を通して自己を形成していく、という哲学的な考え方です。この考え方は、私たちに自由と責任、不安といった人間の根源的な問題について深く考えるよう促します。
難解に思える哲学の概念も、このように見ていくと、現代社会を生きる私たちの身近な問題意識や、自分自身のあり方を考えることと無関係ではないことが分かります。実存という視点を通じて、自身の存在や選択の重みについて、少し立ち止まって考えてみることは、新たな気づきにつながるかもしれません。